早稲田大学・福田育弘教授に特別インタビュー!ナチュラル系日本ワインの風景 <後編>

「日本人にはナチュラルな味を素直に美味しいと思える感性があります」。人気が高まるナチュラル系ワインを深掘りする、早稲田大学・福田教授の特別講義!面白くてためになる、日仏ワイン文化を語る独占インタビューの後編です。

ナチュラル系ワインのムーブメントを、フランスと日本で体感してきた早稲田大学・福田育弘教授にインタビュー後編!

フランスと日本の食文化に造詣が深く、双方のワインカルチャーにも精通する、早稲田大学・福田育弘(ふくだいくひろ)教授。自然派ワインの生産者を招いてシンポジウムを開催するなど、ナチュラル系ワインや日本ワインについての包括的な見解をもつ、重要な研究者の一人です。今回『wa-syu』のバイヤーであり、ワインエキスパートでもある菊地良美(きくちよしみ)が、福田教授へインタビューを敢行。その貴重な講義を、2回にわたってたっぷりと紹介します!

wa-syu・菊地良実(以下、菊地):前編では、フランスでナチュールワインが生まれてきた背景と、それが日本に輸入され、受け入れられるまでを伺いました。それでは日本で造られる"日本ワイン"に関しては、自然派はどのような動きだったのでしょうか。
福田育弘教授(以下、福田敬称略):日本では明治時代からずっと、ワインというのは名ばかりの、実は甘口リキュールが造られていた訳ですよね。1980年代から1990年代にかけてやっと、ワイン造りは残り物のブドウでやっているのではだめだ、きちんとブドウ栽培からやらなくてはいけない、ワインは工業ではなく農業だ、という気づきを実践し始めたのだと思います。先駆的なのは80年代、新潟『カーブドッチ・ワイナリー』や山形『タケダワイナリー』で、いち早く有機農法でのワイン造りを始めています。90年代には栃木『ココ・ファーム・ワイナリー』も有機的な栽培を始めていますね。さらに2000年代から、醸造に関しても有機の発想が出てきて、野生酵母を使い、亜硫酸塩を極力使わないというワイナリーが出てきました。そこからさらに20年ほどが経って、現在の日本ワインで、新しい若い造り手はほとんどナチュラル志向。きちんと醸造学を学んだり、フランスに留学して学んだうえでも、何も手を加えない醸造や、農薬を一切使わない栽培を手がける人もいて、素晴らしいワインを造っています。ナチュラルワインという点においては、日本は一足飛びに世界のワイン業界と並んだのではないかと思っています。

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菊地:ワイン文化自体は数千年の隔たりがありますが、ナチュラルワインなら、日本が海外に並ぶようなものも登場していると感じますか?
福田:私の友人に、日本でも活躍している国際弁護士で、美食家のフランス人がいるのですが、「日本ワインはどうも美味しいとは思えない」と語っていました。それがあるお店で自然派の日本ワインを飲んで、その美味しさに衝撃を受けるほど驚いたそうです。それを聞いてすごく嬉しかったですね!「そういう人が美味しいと感じるものが、日本ワインにもあるんだぞ」と。日本ワインのおいしい銘柄は本当にすごいですし、そういった美味しい銘柄を飲まずに、"日本のワインはこんなものか"とか"日本のワインはたいして美味しくない"とか言うことはできません。今の日本ワインは、そういった高いレベルにあると思っています。しかも価格で言えば、日本ワインの方が優位なくらいです。海外なら2万円、3万円つけるようなワインが、3千円、5千円で手に入る。ワインを知っている人ほど、日本ワインの美味しさとコストパフォーマンスに驚愕するのを見てきました。
菊地:福田先生もフランスでの生活の中で、本場のワインをたくさん味わってこられたと思うのですが、「日本ワイン」に驚愕なさったのですか?
福田:私は1985年から1988年までフランスの大学院に行っており、そのときに毎日ワインを飲むという、いわゆる"ハマった"状態になったのですが(笑)、フランスでワインを覚えてきたこともあって、やはり最初はどうしても"日本のワインって高いし美味しくないよね"というイメージを持っていました。実際1980年代の日本といえば、まだ甘い"赤玉ポートワイン"が飲まれていたような時代。甲州もみんな、甘いお土産物のようなワインだったんです。それが、2000年ごろからだんだん日本ワインも良くなってきたぞという話を聞くようになって興味を持ち始め、真剣に調べるようになったのです。

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福田:もうひとつ、かつてロジェ・ディオンという歴史・地理学者の『フランスワイン文化史全書 ― ぶどう畑とワインの歴史』を3年がかりで翻訳したのですが、ここにあるのが、「自然条件がよい場所が、優れた産地になるのではない。人間の努力が介在して、初めて美味しいワインができるのだ」という彼の持論。ブルゴーニュとかシャンパーニュで素晴らしいワインができるのに、南仏や地中海などのブドウの栽培適地にはあまりいいワインがない。つまり、適地適作ということでいえば不利な土地でも、政治的・社会的あと押しや、土壌にあった努力があれば、素晴らしいワインができあがるのだということ。それを読んで、テロワールなどというものに縛られずに、ワインを作れる可能性があるのではないか、と思ったのです。土壌にあった努力があれば、どこでも美味しいワインができあがる、という論文に出会ったこと。そして、ちょうど日本ワインがどんどん良くなってきているという噂をきいたこと。この2つが、私にあらためて日本ワインに興味を抱かせるきっかけとなったのだと思います。それで研究を進めるうちに、最初に仲良くなったのが『小布施ワイナリー』の曽我彰彦(そがあきひこ)さん。2003年くらいからの長い付き合いですが、彼のワインを始めて飲んだときは、日本のワインは、すでにフランスのワインと張り合えるくらいのクオリティに十分達している!と思って驚愕しました。

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菊地:日本ではナチュラル系ワインの定義づけがはっきりしておらず、名称も自然派ワインとか、ナチュールとか、いろいろ言われていますね。先生は"日本の自然派ワインとはどんなワインですか?"と聞かれたら、何とお答えになりますか?
福田:「すごく飲みやすいワインですよ」と答えると思います。飲みやすくて、素直に造られたワインです、と。ただし上手に造られている場合は、という注釈つきですが…。フランスでも、高級なワインほど栽培はナチュールですし、人工酵母も使っていなかったりする。結局、美味しいワインを造るためには、力やケミカルでこねくり回すのではなく、素直でナチュラルな醸造がいちばんいいわけですし、それを実現させるためには、健康で美味しい、力強いブドウが必要。そのための有機栽培なのだと思うのです。ブドウが弱いのに、それをカバーしようと技術で無理矢理造り込んだワインは美味しくないですし、次の日にアタマが痛くなります(笑)。

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福田:日本で自然派ワインを造るのは、フランスで自然派ワインを造るのに比べて、5倍も10倍も難しいと思います。湿気が多く雨も多いし、すぐに虫も来てしまう。昨今の流行にのって、最後だけちょっとナチュールっぽい造りをする、というワインもありますし、それをどうこう言うつもりもないのですが、栽培から醸造まですべて有機で、本当に努力してがんばっている造り手さんはきちんと評価して、応援したいですね。そうしてできた自然派ワインは、優しくて和食に合いますし、食事の邪魔をしない。それは日常で飲むワインとして、非常に大事だと思います。
菊地:これからの日本ワインに関しての考えを、お聞かせください。
福田:ワインは酔っ払うためのお酒ではなくて、食事をおいしくするためのもの。実は日本酒は、文化的に見ても、酩酊するためのものであって、ワインとは根本的に違う。男性が酔っ払って、女性がつまみを作り続けるということになるんです。でもワインは元来、男女が平等に食事を楽しむためのもの。だから昨今はアルコール離れや低アルコール化が叫ばれていますが、ワインだけはそこから脱出できる可能性があると考えています。もともと、ナチュラルに造られたワインはアルコール度数も低めですしね。さらに、現代の食卓に最もよく合うワインというのは、クセがなくて濃すぎないワインなのです。世界的に食がライトになっている今だから、日本ワインは可能性が広がっていくと思います。

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福田:日本ワインは力がない、熟成が早い、濃くならない、水分が多いなどと言われます。でもそれが特徴なわけで、たとえば日本では、独特のジューシーで美味しいカベルネ・ソーヴィニヨンができたりする。それはそれで、特長を生かした美味しさを追求すればよいと思います。1,000円や2,000円のワインでは海外に絶対勝てないし、勝つ必要もないと思いますが、3,000円を超える良いワインは十分勝負になる。技術や情報は、今すごく早く入ってくるから、日本も一気に国外の情報を吸収するし、海外も日本の情報を吸収しようとしているように感じます。あとは、いろいろな栽培家の話を聞いていると、やはり有機栽培をやっていく中で、ヨーロッパ系品種の難しさや限界を感じていることが多いですね。そこで、日本固有品種で丈夫なヤマブドウ系品種の可能性にあらためて注力している動きもあって、そのあたりにも期待しています。自然派ワインは、そもそもマーケティングが成立しないジャンル。今はマーケティングで売ろうとするような時代ではないし、小規模ワイナリーは生産数も少ないですから、そんな余地はないですよね。だから、流行っているからといって大企業が思いつきで参入したりしても、なかなかうまくいかない。資本がしっかりしていても、造り手がしっかりしていないとダメですね。たとえば宮崎県の『都農ワイナリー』などは、母体は第三セクターですが、醸造家がしっかりとした信念と考えを持ってやっている。現場でやる人が本当にいいワインを造ろうとしている場合は上手くいくけれど、適当にブドウを作って醸造はどこかにお任せ…みたいな形では上手くいかないと思います。そういう意味でも、これからはさらに、ワインの価値観や造り手へのアプローチのしかたは変わってくるのではないかと思います。
菊地:充実したお話をありがとうございます。最後に、wa-syuのユーザーにメッセージをお願いします。
福田:「感動の一本」を見つけられると、さらに日本ワインが好きになりますよ!また、なるべくなら、日本ワインを造っている現場を見てみて欲しいですね。自然派ワイナリーは家族経営なので、見学を受け入れる余裕がないところも多いですが、ブドウ畑をぜひ見に行ってほしいな。『ココ・ファーム・ワイナリー』や『カーブドッチ・ワイナリー』、『ヴィラデスト・ワイナリー』など、風景が見えて、レストランも楽しめて…といったワイナリーもいくつもありますし、ここ30年でようやく、ブドウ畑からまっとうなワインが造られてゆく、その過程が目に見えるような環境が整ってきたと思います。風景がワインを造る、ということが実感できるようになってきたわけです。ワインは工業生産品ではなく、農産物。だから、普段はオンラインで買い物をしておいて(笑)、たまにはワインが造られる風景を見に行ってもらいたいですね。

wa-syuバイヤーがおすすめする、今すぐ飲みたいナチュラルワインとは?

いま、世界的にも注目するナチュラルワイン。全国のワイナリーから、選りすぐりの銘柄をwa-syuがセレクト。さまざまな料理と楽しめるおすすめ銘柄をご紹介します。

※左から3番目の画像はイメージです。「hana 2020」は完売しました。
※左から5番目の画像はイメージです。「あんなこんなそんな 2021[375ml]」は完売しました。

写真左から:
MBA cuvee city farm 2018 エムビーエーキュベ シティ ファーム/3,740yen(税込)
ヌメロ ドゥエ 2020/4,180yen(税込)
hana 2020/SOLD OUT
Vegan 2021/7,700yen(税込)
あんなこんなそんな 2021[375ml]/SOLD OUT

早稲田大学・福田育弘教授に特別インタビュー!
ナチュラル系日本ワインの風景 <前編>

「日本人にはナチュラルな味を素直に美味しいと思える感性があります」。人気が高まるナチュラル系ワインを深掘りすべく、『wa-syu』は早稲田大学・福田教授の元へ。面白くてためになる、日仏ワイン文化のお話を独占取材!

PROFILE
福田育弘(ふくだいくひろ)
早稲田大学教育・総合科学学術院 教育学部複合文化学科教授

1955年名古屋市生まれ。1985年から88年まで、フランス政府給費留学生としてパリに留学。その後もたびたびフランスに渡り、ワインを中心とした日本とフランスの食文化について研究。著書に『新・ワイン学入門』(集英社インターナショナル、2015年)、『ともに食べるということー共食にみる日本人の感性』(教育評論社、2021年)など多数。

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INTERVIEWER
菊地良実(きくちよしみ)/wa-syuバイヤー

日本ワインの楽しさを提案するオンラインショップ『wa-syu OFFICIAL ONLINE SHOP』立ち上げよりバイヤーとして参加。一般社団法人日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。日本ワインのシーンをもっと盛り上げるべく奮闘中。

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